囲碁の国際化に伴って、1949年の日本最初の成文化囲碁ルール
「日本棋院囲碁規約」を改定する事により、
1989年4月に現規約が制定された。
それまでの「判例」による死活判定が廃止され、
全ての石の死活を一定の原則に従って判定すること等、大きな進歩を遂げた。
以来20年以上の歳月が経ち、その間の施行及び研究の積み重ねにより、色んな問題点が報告された。
(1) 手入れの要らない形において、手入れが必要になる規約の不具合。
下記各図は常識では手入れの要らない形だが、現規約では黒の手入れが必要になる図例。
1図
┌○●○┬●○┬
├●┼●●●○┼
●●●●○○○┼
○○○○○┼┼┼
├┼┼┼┼┼┼┼
2図
┌●○┬┬●┬┬
●┼●○●┼●┼
●●○○●●●┼
├●●●○○┼┼
●●○○┼┼┼┼
○○┼┼○┼┼┼
├┼┼┼┼┼┼┼
3図
┌┬○○●┬●┬
●●●●○●●┼
○○○○○●┼┼
●○┼○●●┼┼
├●○●●┼┼┼
●●●●┼┼┼┼
├┼┼┼┼┼┼┼
4図
┌┬●○┬○●┬
●●┼●○○●┼
├●●○○●●┼
●○○○●●┼┼
○○●●●┼┼┼
●●●┼┼┼┼┼
├┼┼┼┼┼┼┼
5図
●┬●○●○┬
├●○┼●○┼
●┼●┼●○┼
○●●●●○┼
○○○○○○┼
├┼┼┼┼┼┼
(2) 死活判定が明確でない場合がある。
下記の図の白△の死活判定がはっきりせず、活き・死にのどちらの判定も可能と思われる。
1図
┏┯┯●○●○┯○
┠┼┼●○●●○●
┠┼┼●○●┼●┨
┠┼┼●○●○○●
●●●●○●●●●
○○○○○○○○○
┠○●●●●●○┨
┠○●┼●○○●●
┗○○●△┷○○┛
2図
┏┯┯┯┯●○●┓
┠┼┼○┼○┼△△
┠┼○┼┼○○●●
┠┼┼┼┼○●●┨
○○○○○●●┼┨
●●●●○●┼┼┨
┠●┼●○●┼┼┨
●○●●○●┼┼┨
○┷○●○●┷┷┛
(3) 地に関連する意外な判定
規約第8条により、地は「駄目」の有無によって決定される。
1図: 上辺全体はセキの状態だが、しかし左上隅の白4子は「駄目」が無いため、白1目の地がある。
(白4子はセキ石のはずだが、しかしそれはセキ石ではないという矛盾な判定になる)
┌○●●┬○●●┐
○○○●┼○●○○
●●●●○○○○● 1図
○○○○○●●●●
●●●●●●┼┼┤
├┼┼┼┼┼┼┼┤
├┼┼┼┼┼┼┼┤
2図: 通常の地の認識と異なる判定
┌○○●┬┐
├○○●┼┤
├○┼●┼┤ 2図
├○┼●┼┤
├○●●┼┤
└○●●┴┘
現規約: 黒地0目、白地0目、結果:持碁。
その他の全ての囲碁ルール: 黒地12目、白地6目。結果:黒6目勝ち。
3図: 白番、コミ5目半。
この局面では白がパスをするのが最善。普通に「駄目」を打つと白負けになる。
白パスの後、黒が普通に駄目を打つと、最後は黒負けになるため、黒もパスをする。
そして3図のまま終局。
┌┬○┬┬○●┬●
○○○○○○●●○
●●●●●○○●┤
├┼┼┼●○┼●┤
├●┼┼●○○●●
●┼●●●●○○┤ 3図
●●○○○●●○○
○○┼┼○●┼●○
└┴○○○●●●○
現規約の判定:上辺一帯はセキ状態。黒地9目、白地4目。結果:白半目勝ち。
旧規約の判定:黒地14目、白地8目。結果:黒半目勝ち。(欧米/中国ルールも同じ)
注: 勝敗結果の違いはともかく、「駄目」があるため上辺一帯の黒と白の地は0目!
という現規約の判定は、碁の常識からすれば意外と思われる。
(4) 規約や逐条解説を熟読しても、はっきりと分からない重要事項がある。
1、パスは自由に行えるか? <結論:自由に行える>
2、対局の再開時、対局停止局面のコウを取り返せるか? <結論:取り返せる>
3、規約第7条の「石」と第8条の「石」は同じ意味か? <結論:違う意味。第7条の「石」は石連、第8条の「石」は石群を意味する>
4、規約第8条の「地」と第10条の「地」は同じ意味か? <結論:違う意味。第8条の「地」は空点、第10条の「地」は死石と空点を含む領域を意味する>
5、自分は終局に同意するが、相手は終局に同意せずかつ対局再開も要求しない場合はどうなる? <結論:自分から対局再開を要請し、相手に先着させなければならない。さもなくば両負けになる>
6、対局の再開が延々と繰り返される場合はどうなる? <結論:不明(規定なし)>
7、同一局面反復の状態を生じた場合、一方が無勝負に同意しない場合はどうなる? <結論:不明(規定なし)>
8、終局時、両対局者が合意した活き石に対し、立会人(審判)が規約では死に石と指摘した。その石は? <結論:その石は活き石。(両対局者の合意が優先)>
9、両対局者が間違った勝敗結果を確認した。立会人(審判)が直ちに正しい勝敗結果を指摘した。結果はどうなる? <結論:間違った勝敗結果になる。(両対局者が確認した勝敗結果は、例え間違いがあっても変更できない)>
10、終局後の整地の時、対局中の反則が発見された場合はどうなる? <結論:該当対局者の反則負けになる。(「終局」したとしても、反則負けは適用される)>
(5) 囲碁の常識からすれば、意外な判定結果が多くある。
以下は級位者の簡単な終局図を例とする。
1図
┌┬┬▲○○┐
├┼┼┼●○○
├●┼●●○┤
├┼●○○○○
├┼●●○●○
├┼┼┼●●●
└┴┴┴┴┴┘
現規約の判定:黒地0目 、白地2目。結果白2目勝ち。(▲は死石のため黒地は0目)
旧規約の判定:黒地24目、白地2目。結果黒22目勝ち。(全局の石は活石。その他のルールも同じ判定)
注: 黒は多くの地を囲んだが、しかし現規約の判定では黒地は0目!
2図
┌┬┬●○○○●●
├┼┼●○●●┼┤
●●●●○●┼●┤
○○○○○○●┼┤
○○○┼○○○●●
○●●○○┼○○○
●●┼●○○○●●
├┼┼●○●●●┤
└┴┴●○●┴┴┘
現規約の判定:黒地0目 、白地81目。結果白81目勝ち。(全局の黒は死に石)
旧規約の判定:黒地23目、白地2目。 結果黒21目勝ち。(全局の石は活き石)
注: 黒の景気の良さそうな終局図だが、しかし現規約では盤中の黒石は全滅!
以上で見られたように意外な判定は色々あるが、
そのような判定がそのまま対局結果にならないように、現規約では終局の前に、
「双方が石の死活及び地を確認し、合意することにより対局は終了する。」 という規定によって、トラブル等を回避する仕組みを備えている。
しかしながらその仕組みに頼るルールの手薄さは否めず、
常識に合致するように判定する事がルールの正しい姿と思われる。
(6) 疑義のある記述や表現
1、規約第一条: 【囲碁は、「地」の多少を争うことを目的として・・・】
上記条文は囲碁を説明する際の慣用表現として通常は問題ないが、
「地」が第八条に定義されている規約の中では不正確な記述になる。
1図: 黒ハマ6、白ハマ0
┌┬●●○○
├┼●○┼┤
├┼●○○○
├┼●○┼○
├●○┼┼○
└●○○○┘
現規約の「地」の定義に従えば、上図は黒:10目、白:6目。結果:黒4目勝ち。
しかし実際の正しい結果は、黒:10目、白:12目。結果:黒2目負け。
「地」を多く囲んでも負ける可能性があるため、囲碁は必ずしも「地」の多少を争うことが目的ではないと分かる。
※注:韓国ルールの条文も同様な問題があったが、近年賢明に修正された。
↓
【囲碁は...両方が占めた地とアゲハマの多さで勝敗を決める競技である。】
2、規約第六条: 【・・・次の着手でその劫を取り返すことはできない。】
上記条文ではパスをした後コウを取り返せるかどうかはっきりしない。
下記の表現が適切と思われる。
【・・・次の手番でその劫を取り返すことはできない。】
3、規約第八条: 【一方のみの活き石で囲んだ空点を「目」といい・・・】
上記条文は「目」についての定義だが、逐条解説を含め、関連の記述が簡略過ぎて、色んな状態の空点を明確に判別できない。
例えば下図の盤上の各空点が「目」かどうかは判別困難。
┌○●┬┬●┐
○○○○┼●●
●●●○○○○
├○●○●●●
├○●○●○┤
●○●○●┼○
└●●○●┴○
該当条文、或いは逐条解説文等に下記のような記述があれば、ルールの意味が明確に示され、全ての空点が容易に判別できると思われる。
【一方のみの活き石に囲まれ、かつ同色の死に石と相手方の活き石を含まない領域の空点を「目」といい・・・】
4、死活確認例23の解説文: 【第七条第1、2項及び第一条の碁の目的により、黒は「活き石」・・・】
上記は死活判定において"第一条の碁の目的"の関連を示唆するが、
しかしそのため明確であるべき死活判定のルールが曖昧になり、好ましくない記述と思われる。
第七条の逐条解説等に直接その規定を明記することが適切と思われる。
【一方的にハマを損する循環は禁止とする。】
5、囲碁の基本用語が通常と違う意味で使用される
囲碁の基本用語である「セキ」、「駄目」等が規約の中では通常と違う意味で使用されるため、
規約の理解や研究の際に混乱を招き、好ましい事ではないと思われる。
(7) 死活判定時に両コウが絡む場合の重要な説明が無い。
そのため、死活確認例の中に解説された通りの結果を再現できない図が複数ある。
現規約の死活確認例16
解説: 隅の白十子は「死に石」で、上の白十二子も「セキ崩れ」で「死に石」。
├┼┼┼┼┼┼┼┼
●●●┼┼┼┼┼┼
○○●┼┼┼┼┼┼
├○●●●┼┼┼┼
○○○○●●●○┼
●○┼○○○●○┼
├●○●●●○○┼ 死活例16
●●●●┼●○┼┼
○○○●●●○┼┼
├○●○○○○┼┼
○○●●●●●┼┼
├○●┼┼┼┼┼┼
○●┼┼┼┼┼┼┼
○●●┼┼┼┼┼┼
└○●┴┴┴┴┴┴
左辺の白22子は全部「死に石」と解説されていたが、
しかし規約第7条の規定に従って検証しても、それらの白石は「死に石」という結果は得られない。
※ 死活確認例17、18等についても同様。
○ 現規約はその他に、「実情に合わない終局規定」及び「難しい条文」等の問題点があり、
将来的には実情を反映した、分かりやすい規約が望まれる。