囲碁ルールの研究

2012年12月吉日


現在の囲碁ルール は大体において、日本/韓国ルール と 中国/欧米ルールの二つの系統に分かれる。 (注1)
両系統には下記の違いがある。

(1) 計算方法の違い: 勝敗を決める計算の方法(標的)が違う。
 日/韓ルール: 地(囲んだ空点)+ハマ(取り上げた石)を比較する。
 中/米ルール: 地(囲んだ空点)+生存している石を比較する。 (注2)
計算方法の違いがあるため、多くの場合両者の勝敗結果は同じだが、勝敗結果が異なる場合もある。

(2) 劫ルールの違い: 劫に関する規定が違う。
 日/韓ルール: 伝統の純粋な劫ルール。
 中/米ルール: 全局同形禁止ルール。(スーパーコウルール)
劫ルールの違いがあるため、日/韓ルールは「無勝負」の可能性があるが、中/米ルールは原則は「無勝負」は発生しない。 (注3)

(3) 死活の考え方の違い: 石の生死に関する考え方と判定の仕方が違う。
 日/韓ルール: 「部分死活論」を採用。それぞれの石の生死は想定着手によって検証し、判定する。(注4)
 中/米ルール: 「全局死活論」を採用。「全局死活論」は即ち"実戦解決"と言われる方式で、 対局者が実際に盤上に着手し、最終的に盤上に残る石は活き石と判定する。
石の死活の考え方が違うため、「隅の曲がり四目」等の形のよって勝敗結果が異なる場合がある。

(4) セキ関連の規定の違い: セキの中の地(囲んだ空点)に関する規定が違う。
 日/韓ルール: セキの中の地は計算しない。
 中/米ルール: セキの中の地は計算する。
セキの中の地に関する規定が違うため、勝敗結果が異なる場合がある。

(5) パスの規定の違い: パス(着手棄権、虚着)に関する規定が違う。
 日本ルール、中/米ルール: 着手は権利であり、パスは自由に行える。
 韓国ルール、応氏ルール: 着手は義務であり、パスは条件的に許される。
パスの規定が違うため、パスができるかどうかによって勝敗結果が異なる場合がある

(6) 両パスと劫の取り返しに関する規定の違い: パスが二回連続した時に劫を取り返せるかに関する規定が違う。
 日本ルール、応氏ルール  : 両パスの後劫を取り返せる。
 韓国ルール、中/米ルール: 両パスの後劫を取り返せない。
両パスの後、劫の取り返しに関する規定が違うため、勝敗結果が異なる場合がある。

(7) 勝敗の目数差及びコミの違い: 勝敗の目数差の形態が違うため、コミは同じように設定できない。 (注5)
 日/韓ルール: 勝敗の差は1目(点)刻み。コミは6目半。
 中/米ルール: 勝敗の差は2目(点)刻み。コミは7目半。 (コミ6目半とコミ5目半はほぼ同じ勝敗結果になるため、コミ6目半は無意味)
同じ数値のコミを設定できないため、勝敗結果が異なる場合がある。


※注1: 四年に一回行われる「応氏杯」世界選手権の応氏ルール(Ing Rules)は一般に中国/欧米ルールの系統に分類される。

※注2: 米国ルールは地とハマによる日本形式で計算する事はできるが、 本質は日本ルールと異なるため、その勝敗結果は常に中国ルールと一致する。

※注3: 中国ルールは「全局同形禁止」ルールが採用されたが、 「三劫」等の循環コウは無勝負にして良い、という付則が設けられていたため、 数十年来の対局において三劫等の実例は殆ど無勝負になった。 一方で「仮生」(MoonShine Life) は死に石と規定されるため、 「全局同形禁止」ルールは「仮生」の判定には使用されるが、 「三劫」等の判定には使用されない、という中国ルールの不都合な真実が指摘されていた。

※注4: 日本ルールにも全局死活論(実戦解決)を採用する案があった。 20世紀の60年代頃、優れた科学者・囲碁ルール研究家である 池田敏雄氏が 現在の米国ルールのルーツとなる有名な池田ルールを発表した。 この池田ルールは現在の中/米ルールに大きな影響を与え、 今でも世界の囲碁ルール研究者に高く評価される。 しかしながら池田ルールは施行困難な「全局同形禁止」ルールを採用したが、 ルール施行の利便性の観点から伝統のコウルールによる 実戦解決形式の日本ルール も考えられた。

※注5: 2008年北京で行われた第1回ワールドマインドスポーツ大会(WMSG) は中/米ルールが採用され、ただし黒が白より多く着手した場合は黒に1目(点)のコミを 課すという新ルールが追加された。このルールの追加によって、 日/韓ルールとほぼ同じ勝敗結果になるため、中/米ルールも細やかにコミを設定できるようになる。 しかしながらWMSGのこのルールは条文の記述に問題があり、パスがヨセの手段になり得るため、常識に反する図例が多く報告された。 そのためか、この追加ルールはその後殆ど使われなくなった。
WMSGの追加ルールを実戦の角度から見れば、対局者が先にパスする事ができれば1目得する。
下記2図はよくある形。黒1、白2はごく普通の終局風景だが、しかしこれらの着手はWMSGルールでは悪手になる。
両図とも黒1はパスが正しい。そして黒1の悪手に対し、両図とも白2はパスが良い。そうすれば白1目勝ちになる。
しかしこれは碁の常識的な進行ではないと思われる。なお混乱を避けるためWMSG大会中はそのような異様なパスは禁止された。
1●┬┬┬┐
○●●┼●┤
A○○●●┤
○┼┼○●●  1図
├○○○○●
└┴┴┴○●

●●┬┬●┐
1●●●┼┤
●○○○●●  2図
○○┼○●●
├○○○●○
└┴┴○○A



 一般に中/米囲碁ルールは合理的で分かりやすく、また終局の際に地の中に着手しても損をしないため、 終局で生じ得る問題を実戦によって解決できる利点があり、 世界の囲碁ルール研究者をはじめ、多くの支持者がいる。

 一方で日/韓ルールは地の計算が簡単で優雅であり、全ての計算材料が目の前にある計算法は、 碁形を崩して石を数える中国式計算法より結果を確認しやすい。 また碁を打つ時の形勢判断において、国を問わずほぼ全ての碁を打つ人に使われる。 中/米ルールの人気を考えれば、どちらが優るとは決して言えないが、 日/韓ルールの利点は殆どの対局に現れ、 中国以外の世界では日/韓式の計算法が主流になっている。

 しかしながら現行の 日本ルール(1989) は専門棋士にとっても難しく、長年の施行と研究により 色んな不具合や問題点が報告された。 一方で現行の韓国ルールは曖昧さや時代に合わない慣習等の問題点があり、 日/韓ルールの本来の良さが意外にも評価されない事が残念に思われる。 筆者はルール研究のついでに 「分かりやすい日本囲碁規約」を作成し、 日本ルールの良さを少しでもアピール出来れば幸いである。そしてこの簡明なルール案ならば、 色んな面において今の中/米囲碁ルールに優ると筆者は思う。


合理的で分かりやすい中/米囲碁ルールだが、近年の研究によりいくつかの問題点が報告された。

(1) 全局同形禁止ルールの施行は難しい。
  全局同形禁止ルールは簡潔にして明快な理論だが、実際の施行は大変難しい。 対局者も審判も三コウ等の多様な循環形においてどの時点でコウ立てをすべきか、 ただでさえ複雑な実戦局面の中でそれらを見きわめるのは殆ど不可能と思われる。 そのため、全局同形禁止ルールは中国ルールに書き入れられて久しいが、 プロの対局で成功に実行されたことが無く、三コウ等は殆ど無勝負(引き分け)の判定になった。

(2) コミを細やかに設定できない。
  中/米囲碁ルールの勝敗の目数差は2目刻みのため、コミの設定は5目半の 次は7目半になり、細やかにコミ6目半を設定することは出来ない。 なおコミの数値と勝率の統計において、 コミ7目半は白がやや有利、コミ6目半はほぼ互角と言われている。

(3) 着手選択の違和感。
┌●CB○┬┐
├●●●○┼┤
├┼●○○┼┤
├┼●○○○○  1図(黒番)
├┼●●○┼┤
├┼●●○┼┤
└┴●A○┴┘
1図の局面、通常黒はBと上辺の1目のヨセを打て、結果は黒1目勝ちになる。 B以外のところに着手すれば黒は勝てないと思われる。
一方で中/米囲碁ルールでは、黒はA、B、Cのどこに打ても、結果は同じく黒1目勝ちになる。 価値の大きい着手を選んで打つ、という碁の思考習慣からすれば違和感は否めない。

┌┬┬┬●○┬┬┐
├┼A┼●○┼┼┤
●●┼┼●○┼┼┤
○●●●●○○○┤
○○○○○○●○C 2図(黒番)
├┼┼○┼┼●●┤
├○┼○●●●┼┤
├┼○●●┼┼●┤
└┴B┴┴┴┴┴┘
2図の局面、 黒は左上隅は手なしと正しく読みきって、BかCのヨセを打って、結果は黒1目勝ちになる。 黒Aと左上隅に手入れすれば黒は勝てないと思われる。
一方で中/米囲碁ルールでは、黒はA、B、Cのどこに打ても、結果は同じく黒1目勝ちになる。 左上隅が不安ならば、特に読む必要も無く黒Aと手入れすれば良い。 手の無いところの手入れは「一手パス+1目」の大損になるが、それを打っても結果は同じ、 という現象は碁の常識からすればすっきりしないものが有る。


(4) 常識が覆される図例。
  中/米ルールは囲碁の固有概念ではない"全局同形禁止"ルール等の導入により、 碁の常識が覆される図例がいくつか報告された。

1図 黒番 結果はどうなる?
○○┬○○●●●┐
○●○┼○●┼●┤
├●●○○●●●┤
●┼○●●○●┼┤
●○○●○○●●●
●●●●●○●┼●
○○○●○○○●●
○┼○○○┼○○○
└○┴┴┴┴┴┴┘
1図の解説と結果


2図 白番 結果はどうなる?
┌○┬○┬●○┬┐
○○○●●●○┼┤
├○●●○○┼┼┤
○●●○┼┼○○┤
├●●○○○●○○
●●○○●●●●○
●┼●○●┼┼●●
○●●○●○○○●
└┴●○●┴●┴●
2図の解説と結果


3図 黒番 コミ5目半 結果はどうなる?
┌○●●○┬┬┬┐
●○○●○┼○┼○
├●○●○○●○○
●●○●○●●●●
├○○●●┼●○○
○○○●┼●●○┤
○●●┼┼●○○┤
○●┼┼┼●○┼┤
○●●┴●●●○┘
3図の解説と結果


4図 黒番 コミ7目 結果はどうなる?
┌●┬○●┬●○┬○┐
●○○○●●●○○┼○
●○○●●┼●●○○●
├○●●●●●●●●●
○○○●○○○○○○○
○○●●○●●●●●●
●●●○○●○┼○○●
○○○○●●┼○○○●
○○○○●○○○○┼●
○○○○●●○○┼○┤
└○┴○○●●●●┴○
4図の解説と結果


以上の図例で見られたように、 中/米ルールは碁の常識からすれば意外な結果になる場合がある。 これは碁の変化を増やし、碁は更に面白くなる、という見方はできるが、 このような面白さは碁を打つ人に受け入れられるかは懸念される。




着手は義務か?権利か?

着手の義務・権利の問題は、即ちパス(着手放棄)が自由に行えるかの問題であるが、 2012年現在の時点では韓国ルールと応氏ルール(注1)はパスは自由に行えない(着手は義務)。 それ以外のルールはパスは自由に行える(着手は権利)。

日/韓ルールの碁は終盤にさしかかると、いずれ着手すると損になる局面が訪れる。 その時に両対局者がパスをすれば自然に終局になる、というのは従来の考え方であるが、 その場合、パスが許される時点とは「駄目を詰め終えた」時点と考えられた。 しかし近年の研究により、駄目が残っていても着手すると損になる局面は少なくない。 現在の日本ルールはパスが自由に行えて問題ないが、 駄目を詰め終えてからパスを許す、という韓国ルールには色んな不自然な図例が報告された。

1図 黒▲とコウを取ったところ。ここで白がパスできれば勝ちだが、 自由にパスできないとなれば、どこかに損な手を打たなければならず、白は勝てなくなる。
 ┌▲○┬┬┬┐
 ●○○○┼○○
 ├●┼●○┼┤
 ●●●●○┼┤  1図 白番(利敵行為になる駄目詰め)
 ├┼┼●○○┤
 ├●┼●●○○
 └┴┴┴●●○

2図 黒▲とコウを取ったところ。ここで白がパスできれば負けないのだが、 自由にパスできないとなれば、どこかに損な手を打たなければならず、白は負けになる。
┌▲○●┬┬┐
●○○●●●●
├○●┼●○○ 2図 白番(相手のコウ立てになる駄目詰め)
├○●┼●○┤
○○●●●○○
●●┼●○┼○
└┴●┴○┴○

3図 黒▲と駄目を詰めたところ。ここで白がパスできれば勝ちだが、 自由にパスできないとなれば、どこかに損な手を打たなければならず、最後は白負けになる。
○○┬○○●○┬┐
○▲●┼○●○┼┤
○┼●┼○●○┼┤ 3図 白番(片方だけが打てる駄目)
○○┼○○●○┼┤
●○○○●●○┼┤
●●●●●●○○○
├┼┼●●●○┼○
├┼┼●●●●○○
└┴┴●┴●●●●

4図 黒▲とコウを取ったところ。ここで白がパスできれば負けないのだが、 自由にパスできないとなれば、どこかに損な手を打たなければならず、白は負けになる。
┌●┬○┬○○○▲
├●●●○○●●┤
├┼●○○○●┼●
├●┼●●○●●○
├┼┼┼●○○○┤ 4図 白番(ハマを損する駄目)
├●●●●●●○○
●●○○○○●●●
○○○┼┼○○○○
└┴┴┴┴┴┴┴┘

5図 黒▲とコウを取ったところ。ここで白がパスできるかどうかは不明。(Aの空点が駄目ならパスできない?)
そしてこのまま終局になった場合、AとBの空点は地か駄目かも不明。
A▲○┬○┐
●○○┼○○
B●●○┼┤  5図 白番(どうなるか不明?)
●┼●●○┤
├●┼●○○
└┴┴●●●

以上の図例で見られたように、駄目を詰め終えてからパスを許すとい規定は、 対局者が打ちたくない損な手を強制させられる可能性があり、 自由で素晴らしい競技という碁のイメージが損なわれる。

では 「盤上のどこに着手してもマイナスになると判断した場合にのみパスが許される」 ならばどうか、 との提案がある。確かにこの改良された記述ならば、上記の不具合の図例は無くなる。 しかしながらルールの施行にあたって、それらを判断するのは審判(立会人)と思われるが、 任意の局面において果たして判断できるかは甚だ心もとない。例えば下記は有名な図例であるが、
┌┬○┬┬○●┬●
○○○○○○●●○
●●●●○○○●┤ 
├┼┼┼●○┼●┤
├●┼┼●○○●● 6図(黒番、コミ5目半)
●┼●●●●○○●
●●○○○●●○○
○○┼┼○●┼●○
└┴○○○●●●○
ここで黒はパスをしたいが、それが許されるか?
続いて白もパスをしたいが、それが許されるか?
上記を正しく判断するためには、その後のあらゆる変化を調べ尽くす必要があり、 「全局同形禁止」ルールのように施行困難なルールになりかねないと思われる。

一方で自由にパスできる(着手は権利)ルールについて指摘される点は、 必要の無い局面(序盤等)においてパスが行われると碁の雰囲気(品位)が損なわれる。 確かにその一面もあるが、中国/欧米ルールが施行されて既に数十年、 そのような不必要なパスが行われた例は報告されていない。

以上、着手の義務・権利について概観し、長所・短所はそれぞれあると思われるが、 着手は権利(パスは自由)の考え方は、世界の囲碁ルールの主流となっている。


※注1: 応氏ルールのパス規定は分かりにくい一面がある。
下記の7図、8図は、今黒▲とコウを取った局面。ここで白がパスできるかどうかは不明。
白がパスできれば白勝ちだが、パスできなければ白負け。
┌▲○○●●●
●○○●┼●○
├○●●●●○
├○●┼○○○ 7図(白番)
○○●●○●○
●●●○○●○
└●○○┴●┘

┌▲○┬○┬○
●○○●●●○
├●○○┼┼○
●●┼○○○○ 8図(白番)
├●●●●●●
●┼●○○○○
└●●○┴○┘



中/米ルールの実戦解決 と 日/韓ルールの実証解決

  終局の際、盤上の石の状態について対局者の意見が一致しない場合は、 中/米ルールは実際に盤上に着手し、最終的に残った石は全部活き石、 という"実戦解決"方式を採用している。 それに対し、日/韓ルールは「死活判定」、即ち部分的に石の死活を検証する、 いわば"実証解決"方式を採用している。 両ルールは基本となる計算方法の違いによって、 それぞれの性質に合った方式を採用する必然性があり、 それぞれの長所と短所もある。

日/韓ルールの「死活判定」は"想定着手"によって行われる。 想定着手は実戦の碁盤に着手せず、 イメージとしては、実戦の碁盤の他にもう一つ同じ局面の補助碁盤が想定され、 その碁盤の上で対象石の死活だけを検証し、検証し終えたら補助碁盤は自動的に廃棄される。 次に他の石の死活を判定する場合も同様、その石専用の補助碁盤の上で検証し、その後自動的に廃棄される。 検証中の着手、変化等は想定碁盤上の事であるため、 実戦の碁盤には影響を及ぼさない。

日/韓ルールの「死活判定」は誰が判定するのか? という疑点がある。
終局の際、対局者に争議が発生した時は審判(立会人)に裁定を求める。 そのため、「死活判定」は原則は審判が検証/判定する。 しかしながら盤上の問題に審判が裁定する自信が無い場合は、 審判は常に同局面の碁盤を用意し、両対局者に実際に着手させ、その結果をもって裁定する事が考えられる。 また審判が居ない場合は、上記のように対局者同士で死活判定は実行可能と思われる。 従って、「死活判定」は原則は審判が判定する一方、審判が居なくても、審判の棋力が無くても、 中/米ルールの実戦解決のように両対局者の着手によって実行する事ができる。


<中/米ルールの実戦解決 と 日/韓ルールの実証解決の相違点>

(1) 全局的と部分的の検証結果の違い

 両者の検証は多くの場合は同じ結果だが、異なる場合もある。
○○┬●○┬┬┬┐
○●●●○┼┼┼┤
├●○○○○○○○
●●○●●●○○┤
○○○●┼●●○○ 1図 「隅の曲がり四目」
●●●●●●●●●
├┼┼●●○○○○
├●┼●○┼○┼●
└┴┴●○○○●┘
中/米ルール: 左上隅の黒7子の生死は白が取りに行くことによって証明されるが、
 全局的判断により白が取りに行っても得しないため、このまま活き石として終局。【結果】:持碁。
日/韓ルール: 左上隅の黒7子は部分的死活検証によって死に石と判明する。【結果】:白16目勝ち。

●┬○┬△●┐
●○○○●●●
●●●●●○○
○○●○○○┤  2図 「両劫に仮生」(白△とコウを取ったところ)
├○●○┼●○
○○●○○●●
└○●○●┴●
中/米ルール: 上辺の白5子の生死は黒が取りに行くことによって証明されるが、
 全局的判断により黒が取りに行っても得しないため、このまま活き石として終局。【結果】:白3目勝ち。
日/韓ルール: 上辺の白5子は部分的死活検証によって死に石と判明する。【結果】:黒11目勝ち。

○○●┬○┬○┬○
○┼●●●○○○○
●●●●●●●●○
○○○○○○●●●  3図  「オオナカ > コナカ」
├┼┼┼┼○○○○
○○○┼○●●●●
●●●○○●┼●┤
├●●○●●○○●
●┴●○●○┴○○
中/米ルール: 右上隅の白8子の生死は黒が取りに行くことによって証明されるが、
 全局的判断により黒が取りに行っても得しないため、このまま活き石として終局。【結果】:白1目勝ち。
日/韓ルール: 右上隅の白8子は部分的死活検証によって死に石と判明する。【結果】:黒22目勝ち。

以上の図で見られたように全局的と部分的の検証方法の違いにより、石の生死や最終結果が異なる場合がある。


(2) 審判の役割の違い

 終局の際、石の生死について対局者の意見が一致しない場合は審判が裁定する。
中/米ルールは審判は石の生死に関しては直接判定せず、両対局者に実際に着手させ、 最終的に盤上に残った石は全部生き石、という【実戦解決】の結果をもって裁定する。 このように両対局者の着手による結果、又は両者が合意した結果が優先されるため、 審判は例え正しい結果を知っていても、それをもって盤上の石の生死を判定する事はできない。 一方で日/韓ルールは審判がルールに則って石の生死を判定する。 公正の立場にある審判の判断が介在するため、ルールに則った判定結果が予想される。
┌●┬●○┬○
●●●○○○●
○●○○●●●  
├○○●●○○ 1図
○○●●○○┤
●●●●○┼○
└●┴●○┴┘
1図の左上は「目あり目なし三劫」といわれる形。
中/米ルールでは「全局同形禁止」ルールによって、白12子は最終的に取られる。
一方で日/韓の伝統の劫ルールでは、白12子を決して取られないため、この形はセキになる。(注1)
ただしセキでは黒が負けるため、実戦では黒は三劫無勝負にする事が予想される。

中国のプロ対局で実際に起きた事例だが、 「目あり目なし三劫」の形が現れて、両対局者はぐるぐると劫を取り合った後、 これは三劫無勝負だと審判に申し出た。
審判はこれは中国ルールの「仮生」と称する形で目無し側は死に石である事を知っている。 対局者の認識が間違いである事も知っている。 しかし両対局者の申し出に従うまま、引き分け(無勝負)と判定した。 この判定は一時論議を呼び、通常の競技の感覚からすれば、 審判は正しいルール規定を告げ、三劫無勝負の対局者の申し出を却下すべきと思われるが、 中国ルールは【実戦解決】が基本概念であるため、審判がルールに精通していても、対局者の合意に従うしかないのである。
なお事例の中のプロの両対局者はお粗末にもルールを理解していないと思われるかも知れないが、 これは意外にも普遍的な現象である。中国は「全局同形禁止」ルールを採用したが、 実際の対局ではそれを念頭に入れて打つ人は殆ど居ない。

※注1: 1989年の日本囲碁規約では「目あり目なし三劫」は目なし側を死に石とするが、伝統の劫ルールではないと思われる。


(3) 打たずが花

 中/米ルールの【実戦解決】 は論理的に明快であるが、 「既に死んだ石を一々取り上げる必要はない」 という碁を打つ人の思考習慣に抵触する部分があると筆者は思う。 実戦解決段階の着手も一手一手は重要で、 それらの着手が棋譜に記録されるものと思われるが、数十年来の中/米ルールの施行において、 死に石が全部取り上げられ、盤上は活き石だけの【実戦解決】した棋譜は見た事が無い。 【実戦解決】は単に理論だけで実際に行われた事が無いのでは?と疑われるくらいの怪現象である。
┌○○┬●┬○○┐
├○○┼●┼○○┤
├┼┼┼●┼┼┼┤
●●●●┼●●●●
○●●●●●○○○ 1図
○○○○○○○●┤
├●○┼┼┼○●┤
├●○●●●○●┤
└●○┴┴┴○●┘
仮に1図の終局図で争議が起きた場合、 日/韓ルールは審判が争議のある石の死活を判定し、争議終了。
中/米ルールは盤上の死に石を全て取り上げる必要があるため、黒は合計12手、白は合計13手と、延々と盤上の死に石を取り上げ、争議終了。
碁を打つ人の感覚からすれば、日/韓ルールに比べ、 中/米ルールの【実戦解決】はカッタルイ感を否めない。
1図の場合、結果が常識に合致して問題は無いが、 常識で取れるはずの死に石が【実戦解決】では意外と取れない事がある。

2図は普通の終局場面。左上隅の白7子は通常は死に石で、黒楽勝の形勢と思われる。
日/韓ルールは、左上隅の白7子は死に石と証明されるため、終局後はそのまま取り上げられる。
中/米ルールは、白が左上隅の白7子は活き石と主張すれば、黒は【実戦解決】で取る必要がある。
2図-Bの黒1以降取りに行くが、最後は2図-Cの局面になって、 黒パス、白パスで終局。 左上隅の白は活き石で白勝ち!
┌○┬○┬●○┬┐
○○○●●●○○┤
○●●●○○○┼○
○●●●○┼○┼○
●┼●○○○○○○  2図
●●○○●●●●●
●┼●○●┼●○○
●●●○●●○○┤
●┴●○●┴○●●
↓
┌○5○3●○┬A
○○○●●●○○┤
○●●●○○○┼○
○●●●○┼○C○ 2図-B
●1●○○○○○○
●●○○●●●●●
●┼●○●┼●○○
●●●○●●○○E
●┴●○●┴○●●
↓ 
(終局図)
┌○●G●●○┬○
○○○●●●○○┤
○●●●○○○┼○
○●●●○┼○○○
●●●○○○○○○
●●○○●●●●● 2図-C
●┼●○●┼●○○
●●●○●●○○○
●┴●○●┴○┴7
ある中国の囲碁の友人に2図の左上隅の白の生死を訊ねた。

友人: 「こんなモノは死に石に決まっとる、終局後そのまま取れば良い。」
筆者: 「あの、お国のルールは白が同意しない場合は、黒は実際に取らなければならないのだけど・・・」
友人: 「なに、実際に取らなければならないルールってあるの? じゃ、取ってやろうか・・・」
筆者: 「そう、そう、取ってみて・・・本当に取れるかな・・・」
友人: 「あれ、あれ、取れないよ!! なぜ? どうして??」
筆者: 「お国のルールは実戦解決だから・・・」
友人: 「なるほど、わかった、打つだから取れないのだ、打たなければそのまま死に石なのだ・・・」
筆者: 「えと、お国のルールは打って取らなければならないのだけど・・・」
友人: 「いやぁ、オレは打たない、こんな石は打たなくても死んでるのだ・・・」
筆者: 「あの、実際に打って取らなければならないのだけど・・・」
友人: 「いやぁ、オレは打たない・・・」
筆者: 「あの・・・」
友人: 「オレは打たない、打たない、打たない・・・」

以上、中国の友人との【打たずが花】の会話であった。

【実戦解決】 と 【実証解決】 はそれぞれに哲学があり、長所がある。
一般にコンピュータ(ソフト)が碁をプレーする場合は、中/米の≪スパーコウルール+実戦解決≫が合理的方式であり、
我々人間(プロ/アマを問わず)が碁を打つ場合は、日/韓の≪伝統のコウルール+実証解決≫が好まれる方式である。
そう言えば、盤上で激しい戦いが繰り広げられても、対局の両者は実際に戦わず、囲碁自体は一種の【実証解決】である。



(続く・・・)